M-SUZUKI_blog

GSJ主幹”M-鈴木”の、日常とかバトルテックの話とか。

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テック・ストリート(「技術者街道」若しくは「技術者怪慟」)第二回

 俺は今、比較的困難と言われている整列結晶装甲の加工に挑戦している。
 ただの加工じゃ無い。
 薄板化加工だ。
 これがえらく厄介でね、何せ装甲板として機能する都合上与えられた機能性能が「熱分散」「応力分散」「衝撃分散」である高比重合金だ。
 過大な熱容量を減らすべく薄板化し、かつ特殊な結晶構造に拠る特性を損なう事が無い様に細心の注意を払って加工をしなくてはならない。

 何故そんな事に挑戦してるかってぇと。
 昔、捕虜にしたMWがだなぁ・・・・

 「俺、調理師だったんだ。正確にはその卵」
 そう言いながら、その男は包丁を振るった。
 ついさっきまで、ここは戦場だった。
 だが、こいつのメックは殆ど破損していない。
 男のパンサーは脚部を損傷しており、戦闘中に酷使が祟って折れてしまったのだと言う。
 少なくとも本人はそう主張し、俺達が疑う理由もなかった。
 俺には戦闘を忌避して自爆した様にも見えたが。
 男は刻んだ材料をトレイに移すと、おもむろに装甲の破片を洗い、その一端を火にかけた。
 「一体何をする気なんだ?」
 興味を惹かれたらしい少尉が寄って来た。
 男は意外と魅力ある笑みを浮かべて説明をし始めた。
 「メックの装甲ってのは実は素晴らしいツールでね」
 男は装甲表面に手を乗せて温度を測っている。
 「熱伝導が素晴らしく高く、それでいて熱容量が大きい」
 まだ乗せている。
 「すると・・・おっとそろそろだね?」
 手を離す、更に1分程待っている。
 「こうやって、大きな板の端を加熱してやるだけで全体に、均一に熱が伝わって行く。しかも」
 油を取り出すと表面に垂らした。
 戦場に似つかわしく無い音が響き始める。
 「一旦熱を持つと、ちょっとくらい多めに具を入れても冷えないからね」
 待ってくれ!ここでその音と、それにその匂いは反則だ!!
 男の手の動きが素晴らしい音と芳香を周囲にその存在を撒き散らす。
 調味料が入った。(多分あの黒いのは調味料だろう。ソースか?)
 ああ、土砂降りや電波雑音に近似していながら、それでいて別格である事実を知らしめるこの音。
 脳髄を刺激する音は真骨頂だ、更に、僅かに焦げた香ばしい香りは殺人的な程だ。
 口中は唾液に溢れ、男の言葉に相槌を打てなくなってきた。
 男は構うこと無く話し続ける。
 「最初、メックなんて触るのもいやだったんだけれどね」
 表面に旨味を湛えた食材が容器に取り分けられる。
 「ちょっと見なおしたよ、星間連盟時代の技術の産物って物をさ」
 テックである俺には寛容し難い台詞だったが、今はそこに血が回っていかない。
 「じゃあ、毒見させて貰うよ」
 そう言って男は各皿から少しづつ食べてみせた。
 「もし良けりゃ・・・」
 俺達は最後まで言わせなかった。
 続いたレーションに馴らされつつあった味覚中枢は突如訪れた能力発揮の機会に狂奔した。
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 男の名はシライと言った。
 巡り合わせの妙が無ければ一生メックになど乗る気は無かったと言う。
 結局、惑星上からドラコ連合軍が撤退するまでシライは捕虜だった。
 その間俺達の食生活は無闇矢鱈と向上した。
 先に断言させて貰おう。
 シライの戦場はメックの中じゃ無い。
 士気の維持一つを取っても、奴の存在は格別な筈だ。
 コムスターの仲立ちで奴と奴のメックが戻って行った時、何人かのMWは本当に泣いたもんだ。
 本当だ。
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 まさか奴にもう1度会う事になるとは思わなかった。
 それも戦場でだ。
 だから、幸い(幸い?)俺は直接会っちゃいない。
 奴は小隊長だった。
 何の巡り合わせかは判らないが、奴は隊長だったんだ。
 部下の命を預かっていたんだ。
 だから戦闘は偶発的に起こるべくして起こり、起こった以上何らかの死に繋がるのは不可避だった。
 奴の戦い方は舌を巻く程巧みなものだったそうだ。
 そして「闘えば死が来る」
 不可避だった。
 だから誰も責めなかった。
 撃った奴をだ。
 シライは死んだ。
 俺は一回だけ泣いた。
 奴の料理を惜しんで泣いた訳じゃ無い。
 調理をこそ愛した人間が戦いに長じて、そして戦場で死んだ事実に泣いたんだ。
 下らない感傷だ。
 ありふれた話じゃ無いか。
 なあ
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 出来た。
 それは大ぶりのフライパンだった。
 直径が50cmはある。
 だが、熱源はトーチが一つあれば充分だ。
 奴は、板状の装甲じゃ煮物が出来ないと。
 重くて扱い辛いと言っていた。
 どうだ?
 俺の技術の粋を集めたこのツールは誰の手に渡るだろう?
 そいつはこいつに満足してくれるだろうか?
 俺は握りの内側に「SHIRAI」と銘を入れた。
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